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2015.06.19

三の丸

皆様こんにちは。

本日は、当ホテル周辺の呼び方にまつわるご紹介を

させていただきます。

 

その昔、松本城は三重の水堀に囲まれ、

内側から『内堀』『外堀』『総堀』と呼ばれていました。

戦国時代、武田氏が深志城と呼ばれた

現在の松本城周辺の整備に着手し、

その後『外堀』と『総堀』が巡らされ城下町が整備されました。

そして戦国時代末期に松本城天守が整備されました。

 

『内堀』に囲まれた区域を【本丸】と呼びます。

現在でも多くの方が観光に訪れる【本丸】には

国宝である天守の建物と本丸御殿跡があります。

 

『外堀』に囲まれた区域は【二の丸】と呼びます。

現在は広場や樹木がある公園になっている【二の丸】ですが、

江戸時代には二の丸御殿や古山地(こさんじ)御殿のほかに、

道具や米、火薬をしまった蔵などが立ち並んでいました。

また、西の方にはお茶室風の建物や庭が造られていて、

殿様たちがくつろげる場所もありました。

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『外堀』と『総堀』の間の区域を【三の丸】と呼びます。

【三の丸】は藩政の中枢を担う上級武士の武家屋敷として

150坪を超える大きな地割からなり、

池や庭園を有する武家屋敷には

多くの武士が出入りして行政機能を果たしていました。

『総堀』の城側には土塁が築かれ、その上には土塀が巡っていて、

城内を簡単には見通せないつくりになっていました。

ホテルのすぐ近くには、その土塁が復元された

『西総堀土塁公園』があります。

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もうお気づきになられた方もいらっしゃるかもしれませんが、

松本丸の内ホテルは【三の丸】に位置し、

かつては城内だったのです!